What if Lee "101"
had been born in Europe
in 1925?

もし、Lee 101が
1925年のヨーロッパで生まれていたら?

Lee"101"の101年におよぶ歴史と、『Nigel Cabourn ʼOXʼed Silverʼ』によるクラフトマンシップが融合したプロジェクト。
Nigel Cabourn ʼOXʼed Silverʼが独自開発した 「BRURRY DENIM(ブラーリーデニム)」 を採用。着想源となったのは、1920年代ヨーロッパのアンダーウェア用糸。当時の蒸気機関や水力による紡績工程から生まれた、「偶発」「不均一」「不安定」な糸の表情を現代のデニムとして再構築。生地開発では、「ハンクダイイング」「ロープ染色」「チーズ染色」という3種の染色技法を採用。単なるヴィンテージ復刻ではなく、過去の歴史的背景をベースに"存在しえたヴィンテージ"を生み出した。

【Lee SHOP 取扱店舗】
エスパル仙台店
ルミネエスト新宿店
名古屋パルコ店
ルクア大阪店

Ranch Worker

南北戦争が過ぎ去り、テキサス州などの荒野で増え過ぎたテキサス・ロングホーン(長角牛)を捕獲し、北部の市場へ運ぶためにロングドライブが盛んになった。これがカウボーイの主な仕事であった。1865年〜1880年の黄金期にはアメリカ西部で3万5千人〜4万人のカウボーイが活動していたと推定されているが、鉄道網の発達や牧場の整備などが進むにつれ、その数は減少し、20世紀に入るとカウボーイは実務的な職業から、ロデオや観光(デュードランチ)そして映画など文化的な存在へと変化した。その後40年代には牧場で牛の世話や馬の調教などを職業とするRanch handやStockmanと呼ばれる畜産業に関連する従事者は数万〜十数万に規模存在したとされ、西部劇映画のヒーローとして理想化されたカウボーイのイメージと共に、Leeにとって最適なブランドアイコンとなったのである。

Railwayman

アメリカの鉄道史は、産業革命、開拓時代そして経済成長と密接に結びついた壮大な物語である。1820年代に登場した蒸気機関による鉄道は、1869年の大陸横断鉄道(Transcontinental Railroad)の開通により、東西アメリカが鉄道で初めて繋がり、旅客輸送の黄金期に突入していくこととなる。そして1916年時点で鉄道労働者は170万人に上り、アメリカ総人口の4%に達していた。そこで、彼らの身に着けるワークウェアの需要は、Leeのビジネスを押し上げる重要なファクターとなったのである。特に「91-J」は別名locomotive(機関車)Jacket名付けられ、Leeのワークウェアを代表する存在となった。

Clown

ロデオが競技として発展し始めた時代、ロデオ道化師(クラウン)は主に観客を楽しませるコメディとしてのエンターテイナーとして登場したが、1920年代以降は、ブルライディングの危険性が増すにつれ、倒れたライダーを守る役割が求められる様になる。40年代に入ると動きやすさと安全性を確保するため、オーバーサイズのパンツやシャツが主流となり、派手なカラーや装飾により、雄牛の注意を引くと同時に観客からの注目を集めることとなり、ブランドロゴを刺繍するなど、広告としての役割も果たすこととなった。

<PRODUCTS>
Lee×Nigel Cabourn OX'ed Silver

ABOUT:Nigel Cabourn ʼOXʼed Silverʼ
ナイジェル・ケーボンオックスドシルバーは、20世紀初頭の英国・欧州の労働者たちが纏った"ワークスーツ"の精神を現代に蘇らせるコレクションです。ナイジェル・ケーボンの影武者であるZUKIの設計と、日本の卓越した職人技術を融合し、機能性・耐久性・経時変化を兼ね備えた一着を創造。100年前の労働者たちが持っていた誇りと実用性を、現代のライフスタイルに合わせて再構築しました。燻し銀のように時を重ねるほど価値を増す、本質を知る男たちのためのワークスーツコレクションです。